映画のように平面デザイン

年間200本映画を観る地方グラフィックデザイナーが、色んなものを平面デザインでとらえてみます

ポスターの点数…90点
映画の点数…77点


インパクトは最大級のポスター


少年の極端なアップのポスターと、正方形で切り取られたタイトル文字。

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かなりデザインチックな作りのポスターは、映画を観たことがなくてもビジュアルは覚えているという方も多いのではないでしょうか?


どちらかと言うと独特な長いタイトルの意味を考える方に意識が向かいがちですが(もちろんそれが正しい姿勢ですが)、グラフィックデザインとしても興味深い発見がある一作です。


映画の内容にグラフィックデザインを通じて迫ってみようと思います。


あまり使われていないポスター


こちらのポスターに見覚えがあるでしょうか?

 

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僕はありませんでした。


同じ映画のポスターなのですが、ずいぶんと印象が違います。


キャストの中では一番知名度のあるトムハンクスが大きくうつっていますね。


ポスターを観るだけでも「トムハンクス演じるお父さんと息子の交流を、お母さんが微笑ましく見守っている」というのがすぐに分かるいいポスターです。

 


実際の映画の内容も「お父さんと息子の交流」が最大のテーマなので、ポスターに矛盾点もありません。


こちらのポスターでも十分であるにもかかわらず、何故違うバージョンをメインとしたのでしょうか。


不可解なビジュアル


では改めてメインビジュアルのポスターの内容を考えてみます。

 

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「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」というタイトルからすると、確かに少年がありえないほど近い距離にいます。


ではものすごくうるさいのは誰でしょうか?

 


この口を押さえている少年がうるさいのでしょうか?


それとも周りがうるさい?


まわりがうるさいのであれば、耳を塞いでいないとおかしいですね。


このポスターでは、映画の内容を予想することは極めて困難です。


まさかこのポスターを観て「9.11に関わる映画だ」などと予想出来る人は絶対にいません。


制作陣は、ポスターからトムハンクスというスター俳優を取り除いてでも、このような何が言いたいのか分からないポスターを採用しました。


ちょっと想像してみてください。


きっと広報部と制作部とで会議があったと思うんですよね。


「こんな無名の少年のアップなんて誰が興味を持つんだ?!トムハンクスをもっとメインに持ってきた方が客の食いつきもいいだろう?」
「いや、それでも少年だけでいこうと思います。なぜなら……」

 


この、「なぜなら…」の先が大事なわけですよね。


映画を観たあとにこそ効いてくるポスター


先に白状しておきますと、僕自身はこのポスターの意味を完全に理解しているわけではありません。


あくまでも予想のうえでの話になります。


このビジュアルにした意図は、大きく二つあると思います。


まず、一つ目。
少年の限りなく主観的な話であるということを強調するためです。


少年にはアスペルガー症候群とも思える症状がみられます。

 


他社とのコミュニケーションがうまくいかないシーンが多く、逆に信じられないほどの集中力をみせる場面もあります。


そんな彼独特の視点に沿いながら物語は進行します。


つまり、観客が「ここはどうなっているんだろう?」という疑問に思う箇所すらも特に解説はしません。


少年にとって興味がないことは、画面に登場することがないわけですね。


例えば9.11の内容ですらも、自分の父が亡くなった以上の感情は示しません。


テロリストを恨む描写もありませんし、他の犠牲者に心を寄せたりもありません。


あくまで父親のことだけを考えているわけですね。


その「超個人的な話」を強調するためにこのポスターを採用しました。


そして、理由二つ目。
少年は、誰にも言えない秘密をかかえています。


映画を観ていくと次第に判明してくることですが、少年は9.11以降誰にも、母親にすらも話していない秘密を抱えていることが分かります。


その秘密こそが彼を苦しめ、追い込み、二度と解消することができないような深い傷となっています。


このポスターは、口を押さえて必死に秘密を守っている様子を表現しています。


映画の観客は、彼が口を開く瞬間(=秘密を打ち明ける瞬間)に立ち会うために物語を追っていくということになります。


映画を見届けた人のみが、このポスターの意味が理解できる仕掛けになっているんですね。


制作陣の願い


このポスターには、制作陣の祈りのようなものが込められていると感じます。


9.11という、アメリカ全体を包み込んだ一種のトラウマ。


それはあの日から20年近い年月がたっても未だに根強く残っています。


そのトラウマの深さというものは、生半可なヒューマンドラマを見るくらいのことで解決するようなものではないのでしょう。


このポスターの少年ように、一人一人がかなり深い部分での自分との対峙を繰り替えしていくなかでしか見えてこないものだと思うのです。


映画の制作者、そしてポスターの制作者は、そこから逃げることなく誠実に9.11というものに向き合ったのではないでしょうか?


だからこそ、このような冒険のあるポスターを作れたのだと思います。


映画の感想


トムハンクスの登場時間はかなり短いにも関わらず、「絶対的に信頼できるお父さん」を演じきったのはさすがの一言です。


このトムハンクスの演技がうまくいっていなかった場合、映画全体のバランスがすべて崩れることになっていたことでしょう。


少年は父親の幻影を追い続けている設定なので、父親がしっかり描けていないと話の推進力が無くなっていまいます。


役者陣はほぼ完璧とも言えるこの映画でしたが、残念ながら話のメリハリがうまくいっていないかなと思える部分も多かったです。


原作小説がある関係からでしょうが、主人公の少年が何かを語るようなシーンがちょっと多すぎます。


キャラクターの説明は序盤で十分に出来ているので、後半はもっと「あえて何も喋らせない」ようにした方が良かったのではないでしょうか。


そちらの方が映画のテンポも良くなったでしょうし、最後に秘密を打ち明けるシーンもグッと効果があがったような気がします。


監督の以前の作品「リトルダンサー」もそうでしたが、監督は役者の良さを引き出すのは一流ですが、お話づくりが少しうまくいっていない箇所があるような気がします。


とはいえ十分に楽しめた一作でした。


良かったら是非鑑賞してみてください。


それでは。


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