この世界の片隅に 《映画もポスターも理想的》
映画の点数…97点
ポスターの点数…90点
日本映画史上の傑作
こんにちは、グラフィックデザイナーのピースマイルです。
今回取り上げる映画は《この世界の片隅に》です。
先日NHKでアニメ版が放送されていて話題になりましたが、元々はマンガ原作で2007年に連載開始しています。
その後テレビドラマになったりもしたのですが、一躍名を挙げたのは2016年の片淵監督によるアニメ映画がきっかけでしょう。
僕自身もアニメ映画を観てひっくり返って、映画館からすぐさま本屋に向かってこうの史代さんの原作をまとめ買いした記憶があります。
金額のことを言うのもあれですが、クラウドファウンディングで資金調達しても制作費は2.5億円程度。。。。
それだけであのレベルの作品を作り上げたのだとしたらちょっと恐ろしさすら感じます。
そのくらい衝撃的な映画だったと思っていますし、マンガ原作もやはり大大大傑作だと思っています。
とても思い入れのある作品ですが、それを少し紐解いてみようと思います。
映画(マンガ)のストーリー
まずおおまかなストーリーですが、1943年から1945年の広島・呉を舞台にした作品です。
それ以前の話も描かれるし最高なのですが、一応ここでは省略します。
戦争末期に嫁入りした主人公・すずの目線から当時の呉の様子を繊細かつユーモラスに描いた作品です。
あくまでもすずさんの視点からしか描かれないので、戦争のハイライトでもある東京大空襲や広島市内の空爆、戦艦大和の轟沈などは直接的な描写はありません。
さらには原爆投下の様子すらも「呉からみた原爆」にとどまっており、俯瞰した視点からみた戦争映画ではなく【1945年に呉にいた女性のドキュメンタリー】みたいな感じ。
この作品が反戦を描いているかそうでないかは議論が耐えないのですが、個人的には「押しつけがましくないだけ」でやっぱり反戦映画、あるいは「嫌戦映画」だと思ってます。
ポスターの感想
まずポスターの方から振り返ってみたいのですが、主人公すずさんが花を摘んでいる様子をビジュアルにしています。
これは原作マンガの表紙と同じポージングの別シーンになっているんですね。
どちらにも共通しているのは「すずさんの日常生活」を切り取ったシーンというだけで、全く戦争の気配を感じないんですよね。
着ている洋服などからは時代性を感じるのですが、これが単純な戦争映画や戦争マンガからは距離をおいていることは明確です。
例えば「火垂るの墓」なんかはビジュアルに戦争の気配を残しています。
少なくとも「この世界の片隅に」においてはその要素は排除してありますね。
すずさんの顔・表情
それよりも注目すべきはやっぱり、すずさんの表情であり笑顔だと思います。
これが戦争を取り扱った作品とは思えないですよね。
特にこの表情……非常に艶っぽくないですか?
すずさんは明るく朗らかな女性ではあるんですけど、同時に20歳相当の女性としての色っぽさ、言い換えれば性的な魅力も持った女性として描かれます。
マンガや映画において度々登場する「天使のような女性」として描かれているわけではなく、とても肉体的で実在感のある存在です。
この表情を見るだけでも「この女性はこの世に存在している」と思わせるパワーを感じます。
それは原作者のこうのさんは当然のことながら、映画にあたって作画を務めたスタッフ達の技術と才能と愛情があってこそ実現できた表現なのでしょう。
この世界の片隅にという作品において、すずさんに実在感があるかどうかは絶対!絶対な条件であるので、そこをクリアできた時点である意味この映画は成功しているのでしょうね。
「すずさんは、本当にいた気がする」という人が多いからこそ、作品の聖地巡礼のような現象が実際に起こったのですから。
あ、言うまでもなく声優を務めたのんさんの偉大な功績もあります。
完璧な配役でした。
コピーについて
ポスター内にあるコピーを見ても、どこにも「戦争」というワードは使用されていません。
ただし、「昭和20年、広島」という言葉が使われており、それだけで日本人なら条件反射で緊張してしまうパワーは持っています。
その言葉だけで十分だと判断したのでしょう。
さらに、そのあとに続く言葉は「わたしは ここで 生きている」です。
「では、そのあとは。。。? 8月以降も生きているの?」という不安にかき立てられるようなキャッチコピーですね。
さらにこのキャッチコピー自体が「この映画は戦争映画ではなくって、この主人公を描いたお話ですよ」というお知らせにもなっています。
シンプルですが、とてもいいキャッチコピーだと思います。
映画の感想
戦争映画として珍しい表現ではないのですが、この映画は徐々に徐々に8月6日、あるいは8月15日に向かってストーリーが進行していくのでそれだけで緊張感が高まるのが効果的です。
特にこの映画は繰り返し言っているように人物の実在感がものすごく高い作品です。
だからこそ、笑顔の多かったすずさんが徐々に生気を失っていくのが本当に辛くって。
映画でこんな風に思うのはそうないのですが「もう、いい。ここで映画を止めてくれ。すずさん達の暮らす町に原爆を落とさないでくれ」と本気で思いました。
映画にのめり込むなんてよく言いますが、この作品はその最たるモノでしょうね。
劇中、隣に座っていたおじさんと一緒にオイオイと号泣しながら観たのはいい思い出です。
映画の良かった点
戦争を題材にした映画って、観る際に一種の緊張があるんですよ。
それは、かなり説明くさくって説教くさくって、とにかく政府が悪いか敵国が悪いかで、民衆が常に犠牲になっているんだーみたいな価値観を押しつけてくる作品が多いからです。
そういう映画の必要性は分かります。
ただし、戦争の凄惨さだけを抽出したり、時には嘘をついてまで権力者を悪者にしても意味なんてないと思うんでよね。
そうではなくってもっと立体的に戦争の構造を描かないとリアリティが無くなってしまうし、戦争を 生み出さないための知恵にならないと思うんです。
【この世界の片隅に】ではそのあたりをキチンと抑えていて、徐々に主人公すずさんが(現代でいうところの)右翼的思想に変化していくのを描いていますし、市井の人々が「戦争のある世界を受け入れていく」様子を描いています。
目の前にあるものが少しずつ少しずつ戦争によって姿を変えていくことをフェアな目線で描いているからこそ「ああ、戦争って怖いな」と自ら気付いていく工夫がされているんですね。
余計はセリフでの「戦争は愚かだ!」みたいな主張ではなく、自分自身の考えで戦争というものに向きあう機会を与えてくれている作品です。
「さらにいくつもの」公開
そんな大傑作だった本作ですが、今年の冬には劇中で描かれなかったシーンを追加した「この正解のさらにいくつもの片隅に」の公開が決まっています。
映画内ではそこまで出番の多くなかったリンさんのエピソードが描かれるのでしょう。
その映画も楽しみであるのと同時に、この映画が世代を超えてより多くの人に伝わればいいなと思っています。
映画、ポスター、合わせて完璧です。
それでは、また。
この世界の片隅に 全3巻セット (アクションコミックス) [ こうの史代 ]
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